モーリャンクのセスラ分校の物語
【マリクレールさんからのメール 抄訳】訳:井上真理子
ママはは私を学校に行かせない。
でもわたし、ぜったいに行く (繰り返し)
彼女は何度も繰り返し歌い続けました。ハイチの非常に高い割合の子どもたちが今置かれている厳しい現実を表したこの歌を聞き、私は涙が止まりませんでした。私は彼女の手を取って、どのようにしてこの歌を彼女が知ったのか、誰が彼女にこの歌を教えたのかを聞きました。「誰にも教わらない、私がつくったの」と彼女は答えました。
この歌がひきおこした大きな衝撃に心を揺さぶられ、私は深く神に祈りました。私は天と地の神にモーロー・リアンクールにセスラの分校を設立することが出来ますようにと。小さなミジュランドは私に、学校に行けない子どもたちのために学校を作ることが必要だと分からせてくれました。
次の日の午後、子どもたちは私のところに集まりました。このグループの男の子の一人である7才のアルビィが太い大声をあげて叫びました。「子どもには学校が必要だ!」
5年以上前から私たちを支援して下さっている日本の友人達は、今回の地震では、リラヴォアの私たちの学校のために仮設教室を寄付して下さり、その時の鋼板がまだ残っていました。つまり、屋根のための資材の一部は既にあるということです。私は自分の給与の8月と9月分で木材や釘を購入しました。私は二人の親方(家具職人と大工)に校舎を一棟建ててもらいました。
私たちは学校に通うための登録をしたことの無い30人の子どもたちの学校登録に取りかかり、この登録は終了しました。そして、このクラスのために保母を一人、月曜だけくるパートタイムの監督者を一人採用しました。他に多くの保母が職を求めて私たちの所に履歴書を置きに来ました。
10月4日に、神がお許し下されば、セスラの分校を私の亡くなった母の御心にあるこの小さい土地に開校します。そして、必ず拡張される校舎建設の用に、もっと広い土地を購入するための資金が得られるのを待ちます。授業料は、要望が多かったので金額を下げて親の負担を楽にしています。登録料は25グルド(ハイチの通貨単位)、1学期の授業料125グルド、入学金無しです。資金の支援があってもう一人の先生を雇用する事ができれば、1時から5時までの第二勤務時間を待っている子どもたちの中から30人を選ぶ事ができるはずです。この子どもたちは学校に行った事の無い、AFの第一学年のクラスから始める子どもたちです。
モーリアンクの子どもたちの多くは文盲の荒れ地を生きています。子どもを学校に行かせることのできない多くの親たちが私たちの所に来て子どもを登録させたがっています。30人の募集枠をもっとふやせたら!と切に思います。
土地を購入し、校舎や校庭やトイレなどを建設し、学校調度品や教材を購入し、子どもたちの保母や教師への月給の支払いするための援助を皆さまにお願いする次第です。
この地球の未来は私たちの子どもたちに在り、それゆえに私たちはこの子どもたちのために戦わなければならないのです。
マリー・クレール・ジャン・トルテ
リラヴォアのセスラ及びモーリアンクの分校創始者
【この物語から生まれた二つの詩
わたしも がっこうに いく 作・エクトル シエラ 5歳の少女が歌った 作・高岡 美智子
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