ハイチのこどもたちとともに、夢みて創る未来を。わたしたちはハイチとそこにある私学校セスラを支援しています。
ハイチとセスラとわたしたちについて
セスラの学校

トピックス

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みなさま、ありがとうございました!

ハイチへ届け、この熱気!  チャリテーコンサート「ミジカド2010」は、 エクトルの詩、雅紀与の歌「わたしもいつか がっこうへいく!」で盛り上がりました。  コンサートの模様は翌日のNHKテレビ、「おはよう 日本」 で紹介されました。



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モーリャンクにセスラの分校ができました!

サンマルク市郊外のモーリャンクは、マリクレール校長、山田カリン姉妹の母親の出身地、この農村に今年10月からセスラの分校が誕生しました。この分校設置は、5歳の少女の歌がきっかけでした。
モーリャンクのセスラ分校の物語


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国境なきアーテスト、エクトル・シエラをハイチへ

コロンビア出身のエクトルさん(上写真中央)は、これまで紛争や爆撃、テロの地域に入り、子どもたちの心をアートで癒す活動をされてきました。地震のショック、長引く難民のようなテント生活のストレス、ハイチの子どもたちにお金やモノではない支援、励ましを友情を届けたい!そんな思いで"国境なきアーティストinハイチ"を応援します。今年のミジカドの収益は、このプロジェクトに寄付される予定です。


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絵本「希望の木」待望の出版!

原作 カレン・リン・ウイリアムズ 絵 リンダ・サポート 翻訳 高岡美智子(当会代表)
PHP研究所より10月20日より書店にて販売 ¥1260
 
ハイチでは、「強い木は子どもを守ってくれる」と言われています。少年ファシールは、妹のためにマンゴーの木を育てようとするのですが、なんども失敗します。「希望をもって、くじけないで」おじいちゃんはファシールを励まします。

  
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山田カリンさんのハイチ報告

6月18日~7月9日まで、地震以来はじめて山田カリンさんがハイチに帰国、セスラ校のようすをカメラにおさめてきました。セスラ校は6月25日、スクールフェスティバルを開いて、楽しい時間をすごし、みんなで食事を楽しんだりしました。

 

マリクレールさんのメッシ アンピル(みなさん、ありがとう)とともに子どもたちからも、ことばを添えた絵がたくさん来ています。白い紙を手にした、仮設教室の子どもたちのようすと絵をご紹介します。

*白い紙を手にした子どもたち

・子どもたちの描いた絵


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7月11日 ハイチの会セスラ総会

総会のあと、山田カリンさんの報告がありました。
 
学校建設の現状 
学校の建物が損壊している現在、教育復興のためにはなにより学校建設して教育環境を整えたい、そのためには土地の購入が第一歩となります。
ハイチで土地購入交渉に当たった山田カリンさんは、地主からの高すぎる価格提示のため、いったん交渉を停止せざるをえませんでした。他の土地は、現在のハイチでの土地売買のトラブルに巻き込まれる恐れがあるため、慎重に情報を集めています。
  


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学校再開、一番早かったセスラ校

ボンレポスのいくつかの学校のなかで、いち早く仮設校舎を完成させ、授業を再開を実現したのはセスラ校でした。仮設校舎の写真が届きました。

仮設教室を作るため資材を運んでいる。木材の柱が立てられた。
波板の壁とトタン屋根仮設教室の中 久しぶりの授業


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ハイチ、心配な雨の季節

学校再開の2週間目、おそれていた雨が来ました。
校庭は水浸しで仮設教室は一週間近く水が引かず、授業ができませんでした。
  

池のようになった校庭ブロックを並べて、飛び石の通路を作った


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日本から届いた激励の贈り物

兵庫県姫路市の白浜小学校6年生が卒業を前に、3月末みんなで集めた衣類や学用品、激励の寄せ書きなどを段ボールで送りました。
当会のホームページでセスラ校を知り、送り先をセスラに決めてくださいました。
喜ばれるものを知りたい、というお問い合わせをいただいて、リコーダーや小さな楽器と回答しましたら、リコーダー7本が送られ、音楽の授業に早速取り入れられるそうです。 白浜小学校卒業生のみなさん、ありがとうございました。
  

1.2.

  1.激励のメッセージを飾って、学校再開の生徒集会を開きました。
  2.先生方が、公平に行き渡るように、生徒に配る衣類を選んでいます。


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何人もの命を救った勇敢な少女 マティーナ


 
セスラ校4年生のマティーナ・ルイは、大地震の起こった1月12日、気がつくと崩壊した家の下敷きになっていました。
狭いすきまからはい出すと、大勢の人々が倒れた家のまわりに集まっていて喜びの声をあげました。
しかし我に返った彼女は、「お母さんがいるの!」と言って、またがれきの中に戻ろうとしました。
まわりの大人たちは口々に「危ない!、やめろ」と言いましたが、彼女は振り切ってすきまからがれきの下にもぐり、気を失っていた母親を引っぱり出しました。
「赤ちゃんもいるの!」と言ってまた戻って生後3ヶ月の赤ちゃんも助け出しました。
身をかがめてまた戻ろうとする彼女に、まわりの人は「危ないぞ、危ないぞ」としか言えないでいました。
マティーナが、がれきの下からもう一人の知り合いの人を引っ張り出したときには、固唾をのんで見守っていたまわりの人々はみな、彼女の勇気に称賛を惜しみませんでした。   
  


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セスラ校 学校再開!!

日本のみなさん、ありがとう!!~マリクレール校長~
 
仮設教室6棟が出来上がり、4月5日から学校が再開されました。
子どもたちは、仮設教室の建設が待ちきれないように毎日出来上がるのを見にきていました。
もちろん親とともに親類を頼ったり、田舎に帰ったりしている子どもも大勢いるので、全員そろってではありません。
2週間目になってやっと100名以上半分に近づいてきた状況です。
仮設教室のほかに、アメリカの教会から大型テント(70人用)の寄贈も受けたので、全クラスを再開することができました。
仮設教室の費用50万円は、現地での見積もりにしたがって、みなさまの義援金から送金致しました。
マリクレール校長とともに、ハイチの会セスラ一同、心からお礼申し上げます。仮設教室の写真が届き次第、掲載いたします。
  


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セスラ校の被災状況

先生方、生徒の大多数は無事、しかし若い教師イェスランド・デリフォーさんは
ポルトープランスの自宅の崩壊で死亡。学校は、無期休校が続いている。
(学校は?比較写真)

2007/4月 バルコニーの教室2010/2月 はがれ落ちた壁
2007/4月 野外教室2010/2月 崩れたブロック塀
2007/4月 校門前2010/2月 門扉がなくなり塀は崩れた

掲載の写真は、左側は震災前、右側は震災後。どちらもフォトジャーナリスト佐藤
文則さん撮影のものです。佐藤さんは、当会の相談役で、2月2日~24日までハ
イチへ取材旅行した際、セスラ校も訪問してくださいました。


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ハイチ大地震への義援金 お礼とお願い

この度のハイチ大地震義援金募金へのお願いに、多くの方々から募金が寄せられています。会員、その周りの友人をはじめ、今まで知らなかった方々や、関東以外の地方の方々からの募金も多く、ハイチの会セスラ一同心から御礼申し上げます。最近は、募金箱をお店などに置いてくださる方、さまざまなチャリティリー活動をされて収益をお送りくださる方々も増えています。
ハイチの復興は、今後長くかかることでしょう。新聞やテレビから忘れ去られても、ハイチの人々の苦しみは続いています。どうか、今後もハイチを見守って長くご支援を続けてくださいますよう、お願い申し上げます。
これからも長く募金を続けていきます。よろしく!!

2月13日(地震発生後1ヶ月)現在、募金累計額 2468,000円
3月13日(地震発生後2ヶ月)現在 募金累計額 3727,000円
4月13日(地震発生後3ヶ月)現在、募金累計額 3920,000円
5月13日(地震発生後4ヶ月)現在 募金累計額 4385,000円
6月13日(地震発生後3ヶ月)現在、募金累計額 4690,000円
7月13日(地震発生後3ヶ月)現在、募金累計額 4930,000円
                      1ヶ月毎に更新予定
ハイチ大地震義援金の振り込みは 

振込先 みずほ銀行 横浜駅前支店(普)2065031
郵便振り込み  00210-4-53346

    ※恐れ入りますが、送金にかかる手数料をご負担いただいております。


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いよいよハイチでの学校建設に取り組みます~
「一万人で学校を作ろう」プロジェクトがスタート!


1万人 の 1人 になって、 1000円 を寄付してください!

1万人の寄付が集まれば1000万円です。
ハイチで土地を買い、学校を建てることができます。
あなたの1000円は学校の一部になり、ハイチの子ども達の未来を作ります。

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セスラの学校と子供たち

セスラの学校と子供たち
Last Up Date 2011.3.25

活動スケジュール

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国境なきアーティスト in ハイチ 報告会

「大地震 その後のハイチ」
日時:4月10日(日) 15:00~
会場:横浜市 なか区民活動センタ-研修室
   JR関内駅徒歩7分 
   みなとみらい線・日本大通駅徒歩3分
報告:増山理人、小幡三佐子、高岡美智子